
☆東京都高等学校春季ラグビーフットボール大会観戦記 〜古豪・保善高校〜
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鶴丸 深志’
2026年04月26日 16:00 visibility778
私が師と仰ぐ篠山先生の「昔の東京代表の常連校は保善でした。保善は山手線の高田馬場駅と新大久保駅の間に見えた記憶があります。そういえば、学生時代の島岡御大は素行が悪く旧制中学を転々とし、確か保善にも在籍していたんじゃないかしら?」というコメントが前々から気になっており、大型連休に入る前に思い切って筆を執ることにした。
1957年度(昭和32年度)の第37回全国高等学校ラグビーフットボール大会は西宮球技場で開催され全国から32校が出場した。(※花園ラグビー場で開催されるようになったのは第42回大会から)
この大会は序盤から実力校が相次いで敗れる波乱が起き、史上初の東京勢による決勝となった。
ともに初優勝を目指す保善と日大二の対戦は、前半から見応え十分の展開となった。平均体重63キロと軽量の保善FW陣が日大二の縦への突進を防いで、徐々にリズムをつかんでいった。
保善は 3 - 3 の同点で迎えた後半、思い切りのいいオープン攻撃を繰り出して2トライを挙げ、14 - 3 で初優勝を飾った。
保善は大会を通じて、軽量FWとバックスがまとまり、一体となった揺さぶり攻撃が際立った。5大会連続9回目の出場で、この間に2回の準優勝。何度も頂点に迫りながらも逃してきただけに、指揮を執る名将・新井隆吉監督は「優勝は偶然ではなく、確実にやってくることを実感した」と総括した。
前回大会は優勝した秋田工と引き分け抽選の末に準決勝に進めず「無冠の帝王」と評されたが、悲願の初優勝でその称号を返上した。この後、第41回大会まで保善か秋田工のいずれかが優勝し、高校ラグビーは「秋田工・保善時代」となった。
高校ラグビーの一時代を築いた保善高校の試合がどうしても観たくなり、居ても立ってもいられず、東京都高等学校春季ラグビーフットボール大会の二回戦が行われる、1958年(昭和33年)ラグビー部創部、花園出場11回、準優勝1回を誇る本郷高校グランドに向け、愛車のレクサスLBX“Elegant”を走らせた。保善高校の試合を生観戦するのは今回が初めてだ。
保善高校は東京都新宿区に所在し、1923年(大正12年)に東京保善商業学校として創立され、都内でも数少ない高校単独の私立男子校である。
ラグビー部は1933年(昭和8年)に創部され、全国大会優勝4回を誇る。ジャージーは黒とオレンジである。
全国大会の通算成績は47勝17敗3分で、勝利数は秋田工の138勝、天理の111勝、常翔学園の104勝、東福岡99勝、国学院久我山の94勝、大分舞鶴の82勝、桐蔭学園の76勝、東海大大阪仰星の71勝、佐賀工の64勝、目黒学院の62勝、日川の62勝、常翔啓光学園の60勝、報徳学園の58勝、京都工学院の54勝、盛岡工の48勝に次いで、流経大柏、西陵と並ぶ。
試合の方は、1929年(昭和4年)にラグビー部が創部され、東京都大会決勝進出6回、関東大会出場15回を誇る、黒と黄色のジャージー青山学院高等部を相手に、FWとバックスが一体となった攻撃を続け、74 - 0 で勝利しベスト16進出を決めた。
ベスト8をかけた戦いは、1963年(昭和38年)にラグビー部が創部された鮮やかなグリーンのジャージー明治学院東村山との対戦だ。
保善高校の花園復活を期待したい。
以上です。
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