☆選抜への道 〜東京都高校ラグビー新人大会準々決勝観戦記 大東大一高〜

冬の風物詩である第105回全国高校ラグビー大会は、桐蔭学園が3大会連続6回目の優勝を果たし閉幕した。体格や小手先のテクニックに偏らず、基礎や基本を大切にし、「柔よく剛を制す」を地で行って栄冠をつかんだ。

3連覇は史上6校目(同志社、京城師範、秋田工、啓光学園、東福岡)で関東勢では初の快挙である。同一大会で初めてラグビー王国の大阪勢3校(常翔学園、東海大大阪仰星、大阪桐蔭)から白星を挙げた事も高く評価できる。直近7大会で5回目の優勝を飾り、「東の横綱」の強さを改めて示した。

ところで、高校ラグビーと高校サッカーの第1回大会は1917年度(大正6年度)の1月に大阪の豊中グランドで同時に開催され、現在に至っている。ところが、今年度の大会回数は高校ラグビーが105回、高校サッカーが104回となっている。戦局悪化等による大会中止も同じ年度である。それなのになぜ一つ違うのか?という疑問が湧いてくる。それは、高校サッカーは第17回大会から第25回大会まで開催時期が冬から夏に変更され、移行期であった1934年度(昭和9年度)は全国選手権大会の開催がなくなり、6チーム(神戸一中、明星商、御影師範、広島一中、刈谷中、青山師範)が参加しての招待蹴球大会が開催されたためである。

 

 本題に戻ろう。

「桐蔭学園はなぜ強いのか?」
大型で飛び抜けた選手はいないが、各自のパスの渡し方や受け取り方、ラックの作り方など土台となる技術の精度が極めて高かった。運動量が豊富でミスや反則が少なかった。
ボール争奪戦での集散の判断も早く的確である。状況や時間帯に応じたプレー選択、強弱の付け方が巧みだった。
対応力も光った。象徴的だったのが大阪桐蔭との準決勝。後半14分に主将のフッカー堂園選手が負傷交代したが、あらゆる事態を想定しており、統率が崩れなかった。

 

桐蔭学園ラグビー部を率いるのは藤原秀之監督。藤原監督は大東大一高時代にWTBとして活躍し、第65回大会で全5試合をノートライに抑える圧巻の内容で全国優勝を遂げた経験の持ち主である。
大東大一高、一時代を築いた懐かしい名前だ。

 

 

 

その大東大一高の試合がどうしても観たくなり、居ても立ってもいられず、東京都新人大会準々決勝が行われる東京朝鮮高校グランドに向け、愛車のレクサスLBX“Elegant”を走らせた。
グランドに着くと、全盛期には「ホワイトベアー」と称された白のジャージーが見えてきた。大東大一高の試合を生観戦するのは今回が初めてだ。テレビで観ていた当時の記憶が蘇り胸が高鳴る。

対戦相手は強豪の目黒学院だ。

 

 

 

 (ピッ!ノックフォワード、スクラム、大東ボール)

 

 

試合の前半は、パワー、スピードに勝る目黒学院に圧倒され、5 - 38 で折り返した。

後半に入ると、体力を消耗しているにもかかわらず、攻守ともに粘り強くプレイし、19 - 19 と互角の勝負を見せた。

結果は、24 - 57 で敗退となった。

試合後、応援席に向かって挨拶する選手たちには大きな拍手が送られた。

 

大東大一高の古豪復活に期待したい。

 

 

 

 

 

以上です。

chat コメント 件

コメントをもっと見る

通報するとLaBOLA事務局に報告されます。
全ての通報に対応できるとは限りませんので、予めご了承ください。

  • 事務局に通報しました。