
龍谷大学付属平安高校
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篠山鳳明
2026年01月19日 11:55 visibility392
京都府京都市下右京区に有る西本願寺系の中学、高校。
1876年(明治9年)西本願寺系の子弟の教育の為に金亀教校として創設したのがはじまり。
1902年第三仏教中學に改称
1910年旧制平安中學に改称
1947年平安中學設立
1948年平安高校設立
2008年龍谷大学付属平安中学、高等学校に改称され現在に至る。
平安高校野球部は甲子園へ春夏通算76回の出場を誇る全国で最も多い出場記録です。
春42回出場 42勝、41敗 優勝1回(2014年)
夏34回出場 61勝、31敗 優勝3回(1938年、1951年、1956年)
また夏は準優勝も4回有る。
まさに古豪中の中の古豪、名門校の中の名門で有る。
平安高校と言えば『怪しいボレロ』まさに怪しい曲です。
何故かあの曲が流れると不思議に点数が入ってしまう。天理高校の『ワッショイ!』や郡山高校の『郡山音頭』と同じような物なのかも知れない。
また歴史に裏付けられた名門校ならでは、名監督も居る。
木村 進一氏(旧姓 西村)
富樫 淳氏
原田 英彦氏等が居る。
木村さんは戦争で片腕を喪った、隻腕の指導者として有名で有る。
また息子の西村一貴さんは東京六大学(早稲田)で内野手のベストナインに選ばれて居る。
私は平安高校を知ったのは意外も遅く、1973年の第4回明治神宮大会で有った。
一回戦 磐城高校 7-0
準決勝 利根商業 11-0
準決勝 高知高校 8-7
と勝ち上がり決勝戦へ進出。
決勝戦は反対側の山から大分商業を打ち込んて上がってきた剛腕の内藤投手がいる若狭高校。
試合は平安高校が中島→山根の継投、若狭は内藤が一人淡々と投げ抜き、若狭が土壇場9回裏で追い付き延長戦へ延長11回裏サヨナラで平安高校を下した。
翌1974年の第46回選抜大会籤運の悪戯か?、初戦で若狭高校🆚平安高校が対戦したのだ。
この時は平安高校な山根投手が若狭高校を4安打に抑え2-1でリベンジして次戦岡崎工業を4-2、準々決勝の大分商業も3-1と下しベスト4へ進出。準決勝は優勝した報徳学園に1-5と敗れたが見事な戦い振りだった。
56回夏の甲子園も出場。
ここでも準々決勝まで買い上がるが、銚子商業の黒潮打線にエース山根が捕まり敗れ去った。
龍谷大平安高校過去色々な名勝負を演じて来た古豪、名門校。
その足跡は今でも色褪せる事はない。
☆平安高校野球部史
☆名監督列伝(ベースボールマガジン社)
☆高校野球 甲子園優勝物語(ベースボールマガジン社)
☆74年東京六大学春季リーグ戦展望号(ベースボールマガジン社)
☆第40回記念 明治神宮野球大会パンフレット
☆高校野球名門校シリーズ6(ベースボールマガジン社)
☆第46回選抜高校野球大会 毎日グラフより写真引用
- 事務局に通報しました。

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