
大阪府立 市岡高校
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篠山鳳明
2026年01月19日 12:09 visibility208
野球部を『野球班』と呼ぶこの高校。
大阪府立市岡高校、第2回中等學校優勝野球大會で準優勝をしている伝統校で有る。
高校の野球部史で上下二冊に分かれている高校は私は市岡高校が初めてで有る。(大社高校野球部史、鯨ヶ丘の球児達(茨城県の太田一高)は二冊構成と聞いた事があるが他校も有るのかも知れない)
古くは高野連の重鎮、天皇ともいわれた佐伯達夫さんの出身校でもある。早稲田大学の南村不可止さんもそうである。
近年だと、NHKの高校野球解説の藤田正樹(市岡高校→慶應義塾→大阪ガス)さんがそのOBでもある。
市岡高校と言えば三本線の帽子が有名で有る。
1916年(大正5年)の第2回大会は全国での参加校が115校で豊中球場で行われた。
大阪大会
市岡中學は
四條畷中學 23-1
北野中學 6-1
桃山中學 2-1と破り優勝して甲子園へ出場した。
甲子園では
長野師範 6-2
一関中學 8-0
鳥取中學 5-4
とエース松本の粘投と打線が上手くつながり勝ち上がってきた。
しかし慶應普通部の決勝戦を前にして、エース松本が故障、決勝戦は松本に変わり富永が先発したが、3回裏にショートの守備位置のミスもあり一挙に5点を献上試合は決まってしまった。
4回に2点を返したが3回の5点は余りにも重く慶應普通部の軍門に下ってしまった。
甲子園通算21回出場。
夏の甲子園は10回出場で11勝9敗
春の甲子園は11回出場で3勝11敗1分
最近は1995年の第67回選抜大会に出場している。
その時は1回戦で日南学園に5-8と敗れてから
31年間甲子園から遠ざかっている。
あの三本線の独特の帽子がまた甲子園に帰ってくるのを願っている。
- 事務局に通報しました。

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