1934年(昭和9年)第20回全國中等學校優勝野球大會南九州大會

 

今から92年前の1934年の全國中等學校優勝野球大會の

南九州大會です。

南九州は宮崎、熊本、鹿児島、大分、沖縄の5地区が参加していた。

同地区で1次予選を行い、基本勝ち上がった高校が参加しているが実はそうでもない。

宮崎県は宮崎中學、宮崎商業

熊本県は熊本工業、済々黌

鹿児島県は鹿島二中、鹿児島商業

大分県は大分商業、大分中學

沖縄は沖縄水産、沖縄師範が勝ち上がっでいる。

ただ二次予選に出場しているのは

宮崎県は宮崎中學

熊本県は熊本工業、済々黌

鹿児島県は鹿島二中、鹿児島商業

大分県は大分商業、大分工業

沖縄は沖縄水産が出場している。

宮崎県は何故1校と沖縄は何故1校なのか?。

大分県は勝ち上がった大分中學ではなく大分商業に敗退した大分工業が出場している。理由はわからない。

二次予選の組合は

宮崎中學🆚大分工業

鹿児島商業🆚大分商業

済々黌🆚鹿島二中

沖縄水産🆚熊本工業

決勝戦へ勝ち上がったのは大分商業(前年度代表)🆚熊本工業で有った。

結果は熊本工業が戸上の力投で熊本工業が優勝して甲子園出場を決めた。

熊本工業は本大会でも勝ち上がり初めて決勝戦まで進出するが呉港中學の藤村富美男の前に敗れた。

この時熊本工業に後の打撃の神様も言われた川上哲治氏が控え選手でいたが、甲子園では外野手(右翼手)として出場している。

それにしても、吉原正喜氏が16歳で正捕手に座っているのには驚きで有る。余程才能に満ちていた選手だったのであろう。

熊本工業はこの3年後も甲子園に出場しているが、またも決勝戦で中京商業の野口二郎の前に1-3で軍門に下っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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