
恩師の経歴を追ってみました。
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篠山鳳明
2025年10月25日 12:56 visibility284
怖い監督でした。
何回殴られただろうか?、何回蹴られただろうか?、何回『お前なんか野球辞めちゃえ!』と言われただろうか?、何回辞めたいと思っただろうか?。
けど、何だかんだで三年間やり続けてしまった野球。
やはり、グランドでは厳しかったけどそれ以上に情が有った。
新チームになった1年秋の大会
最初の試合で前日前乗りで会場近くのある旅館に宿泊した時、夕食時席が監督の隣しかなく座った。
ヤバイ食事に刺身が出ているではないか?。
私は高校時代は生物は苦手で、残していたら
『お前!、それ食わないと明日試合で使わないぞ!』と言われたが、魚は焼いて食うものどうしても食べれなかったが、監督が食べ終わり帰ったので、よしよしと残した。
試合当日
スターティングメンバーのレフトに私の名前は無かった。そう私が刺身を残した事が分かっていたのだ。
その時私は『この人に嘘は通じない、誤魔化すことなんて出来ない』と痛感した。
そんな監督も自分から自分の過去の事は一言も聞いていない。ただ誰が『法政大学出身で4年間プルペン捕手』だったと聞いたことが有った。
調べました。
見つけました。
法政大学から卒業して帝国石油秋田へ行って『都市対抗』まで出場している。
法政大学では
甲子園優勝投手の柳井高校友歳投手と同期だ!。
名前を出さなくてもおわかりでしょう?
亡くなられて20年位経つが改めて思うと凄い方から3年間野球を教わった私は幸せだったのかも知れない。
- 事務局に通報しました。

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