
ピックアップレジェンドサッカープレイヤー No.387
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2026年01月13日 00:13 visibility129
佐藤 昭大(さとう あきひろ)
国籍 日本
生年月日 1986/8/30
出身地 三重県三重郡朝日町
身長/体重 185cm/78kg
ポジション GK
利き足 右
代表デビュー なし
主な出場大会 なし
プレースタイル
安定したセービングと的確なコーチングを武器とするゴールキーパー。また非常に研究熱心で知られ、常に最高の準備をしてゲームに臨む姿勢は多くの関係者から信頼された。
経歴
小学校2年の時に兄の影響でサッカーを始める。朝日中学校時代にはU-15日本代表に選ばれ、中学卒業後は地元を離れてサンフレッチェ広島ユースに入団。1年次からさっそくトップチームのキャンプに呼ばれるようになると2種登録され、高校2年の時にはレギュラーの座を掴み、クラブユース選手権、Jユースカップの2冠を取り、高円宮でもベスト4進出に貢献した。高校3年次にはキャプテンに就任し、クラブユース選手権連覇、高円宮杯初優勝、Jユースカップ準優勝に貢献。高校3年次の清水との開幕戦でベンチ入りを果たし、出場機会こそなかったもののリーグ戦では7試合にベンチ入りした。
高校卒業後はトップチームへ昇格。するとプロ1年目となる2005年10月に行われたFC東京戦で下田崇の負傷退場により急遽出場し、これがJリーグ初出場となった。その後、下田は怪我によりシーズン絶望となったためリーグ戦の残り全試合でスタメン出場。しかし、2006年以降は下田の前に出場機会が与えられず。2007年には出場機会を求めて愛媛FCに期限付き移籍で加入。するとここではJ2第2節から川北裕介を押しのけてレギュラーに定着し、その後自身の怪我やチーム状況からその後川北に再びレギュラーを奪われてしまったものの、ここではリーグ戦28試合に出場した。2008年には広島に復帰。同年6月から正GKの下田と第2GKの木寺浩一の怪我による離脱に伴い、レギュラーとなり24試合に出場。しかし、2009年4月に行われたJ1第6節新潟戦にて相手選手と激突し負傷退場。右足後十字靭帯断裂により長期離脱となった。その後は中林洋次にレギュラーを明け渡した。
2010年には小澤英明の退団に伴い第2GKを探していた鹿島アントラーズに期限付き移籍。不動の正GK曽ヶ端準の前に出場機会はなかったが、2011年に完全移籍。2012年からは杉山哲の退団に伴い背番号1を継承し、2012年4月に行われたナビスコ杯・札幌戦で移籍後初出場。その後出場機会は少なかったが、カップ戦を中心に出番を得た。2015年はトニーニョ・セレーゾ監督によって不動の正守護神として連続出場を続けていた曽ヶ端を差し置いて開幕スタメンに抜擢。広島時代以来約6年ぶりとなるリーグ戦出場を果たしたが、その後控えに戻り、それでも曽ヶ端が負傷した中盤戦では先発に名を連ねていた。しかし、トニーニョ・セレーゾが更迭され石井正忠へ監督が代わると曽ヶ端がレギュラーに戻り、またも控えに戻った。11月末に鹿島を退団することが発表された。
2016年にはJ2のロアッソ熊本に完全移籍で加入。すると移籍1年目に正GKに定着し、同年はキャリアハイとなるリーグ戦41試合に出場した。2017年は控えに回ることになったが、同年3月に行われたJ2第3節山形戦ではアディショナルタイムに攻め上がり、コーナーキックを頭で合わせて貴重な同点ゴールを決めた。2018年には再び正GKの座を奪還し、リーグ戦31試合に出場した。2019年にはモンテディオ山形へ完全移籍で加入。同年は守護神である櫛引政敏の前に出番はなかったが、2020年に櫛引がシーズン途中で負傷によりチームを離脱するとスタメンに抜擢。しかし、シーズン途中に加入した藤嶋栄介が夏場以降はポジションを確保すると再び控えに回り、同年12月には現役引退することを発表した。
2021年からは鹿島アントラーズジュニアユースGKコーチを務め、2026年からはトップチームのアシスタントGKコーチに就任した。
代表記録:なし
皆さん、こんばんは!
選手権決勝がありましたが、見事神村学園が夏冬連覇を果たすことができました!
昨年は名和田君を擁しながら選手権に出場できなかっただけに、この結果は最高ですね!
また得点王の日高君にもオファーが来ているとか、今後の選手たちの活躍に注目です!
さて今回も引退選手の紹介で今年から鹿島アントラーズのトップのアシスタントGKコーチに就任した佐藤昭大氏です!
佐藤氏は中学時代は後にジュビロ磐田に入団する八田直樹とともに将来を期待され、中学卒業後は地元の四日市中央工業高校からも誘われていましたが、サンフレッチェ広島ユースへ加入することになりました!
広島ユースでは1年からトップチームに2種登録され、ユースでも数々の輝かしい実績を残しました!
その後トップに昇格し、チームに下田崇や曽ヶ端準など日本代表経験者がいたこともあって結構控えに回ることも多かったんですが、第2GKとしてチームを支え、熊本ではキャリアハイとなる41試合に出場したり、得点も記録しました!
そして最後は山形でプレーし、現役を引退しました。
引退後は鹿島アントラーズのジュニアユースのGKコーチを5年間務め、今年からトップチームのアシスタントGKコーチに就任することになりました!
現役時代の経験をしっかりと選手たちに伝えて、Jリーグ連覇に貢献してほしいと思います!
頑張れ!佐藤!頑張れ!鹿島!
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