高松高等学校に栄冠あれ!

現在ここ北総地区は小雨が降ってます。

 

先程雨の中宅配便のお兄さんが、持ってきてくれました。

 

ある筋からこの『高松高等学校野球部史  朝日輝く』を入手しました。

 

高松市の人口は平成の大合併などを経て42万人を擁し、四国内では愛媛県松山市に次いで2位である。さらに高松市を中心とする高松都市圏の人口においては約83万人(2010年国勢調査基準)と、香川県の人口100万人の過半数に達する。都市圏人口では松山都市圏を上回り、四国最大の都市圏を形成している。

 

そんな高松市も松山市も野球のメッカ、高松市は古くは水原茂(高松商業)、三原脩(高松中學)がしのぎを削っていた。

 

水原茂、三原脩は東京六大学野球でもライバルであり、プロ野球でも特に指導者監督として相まみえ、いつしか世間では『永遠のライバル』と呼ぶようになっていた。

 

そんな高松の高校野球

今回は運良く『高松高等学校』の野球部史をある筋の人間から手に入れた。

 

高松高校は夏の大会の1915年(大正4年)第1回出場校でもあるが、初戦で優勝した京都二中に0−15大敗を喫した。

 

高松高校は夏4回、春4回甲子園へ出場していると記憶している。

直近は春選抜の2005年(平成17年)の第77回大会で有るがこの時は確か21世紀枠だった様な記憶がある。

 

夏は1934年(昭和9年)第20回大会に出場。

一回戦関東中學を8-7で破ったが、次戦では準優勝した熊本工業に1-5と敗れている。

 

それ以来甲子園には出場していないと思う。

 

約1世紀の沈黙を破りいつの日か?高松高校の純白のユニフォームがまた甲子園で暴れる日が来るのを願って止まない。

 

 

 

 

 

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