
ピックアップレジェンドサッカープレイヤー No.416
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2026年09月28日 23:08 visibility33
大竹 洋平(おおたけ ようへい)
国籍 日本
生年月日 1989/5/2
出身地 埼玉県八潮市
身長/体重 166cm/63kg
ポジション MF(DMF・SMF・OMF)、FW(ST)
利き足 左
代表デビュー なし
主な出場大会 なし
プレースタイル
抜群のボールキープ力と切れ味鋭いドリブルで得点に絡むレフティ。左足のキック精度は高くセットプレーのキッカーも任される。しかし、怪我が多いのが難点である。
経歴
3歳の時にサッカーを始める。小学校の時には八潮中央サッカースポーツ少年団に所属し、6年の時にはナショナルトレセンのメンバーに選出された。中学からFC東京の下部組織でプレー。その後U-15からU-18に昇格。高校3年の時にはチームの攻撃の起点として活躍し、Jリーグユース選手権では5得点を挙げ、チームの優勝に貢献した。
2008年にはトップチームに昇格。同年のJリーグ開幕戦でプロデビューを果たし、プロ初得点を記録するなど主力として活躍。同年はリーグ戦23試合に出場し、チーム3位タイの4得点を記録した。2009年にはクラブ首脳陣から厚い期待を受けて4年契約を締結し、背番号もリオネル・メッシに因んで「19」に変更。しかし、同年は対戦相手に得意の左足を封じられるなど思ったように活躍できず、出場機会が激減。また同年からJリーグ選手協会(日本プロサッカー選手会)の副支部長に就任。
その後は伸び悩み、2011年8月にはセレッソ大阪に期限付き移籍したものの、出場機会は乏しく。FC東京復帰後も負傷などで出場機会に恵まれず。2013年8月には湘南ベルマーレに期限付き移籍。ここでは高い技術を活かしてチームの攻撃の起点として奮闘。2014年からは湘南に完全移籍。ここでは怪我などで出場機会こそ多くなかったが、出場した試合では攻撃の起点として活躍し、課題だった走力と球際で戦う意識を向上させた。
2017年にはファジアーノ岡山に完全移籍で加入。チームでは希少な創造性を有する選手として得点にも絡むなど活躍。2018年12月にはV・ファーレン長崎へ完全移籍での加入が発表された。開幕からコンスタントに試合に出場し、左足のキックを武器にチームの攻撃の起点として活躍し、リーグ戦39試合に出場して4得点7アシストを記録。2020年もリーグ戦は24試合の出場であったが、5得点2アシストを記録。しかし、翌年以降は出場機会が減少し、2023年に契約満了で長崎を退団。2024年にはアルビレックス新潟シンガポールに加入し、2024-25シーズンにはリーグ戦26試合に出場して4得点を記録。しかし同シーズンをもって契約満了で退団となり、現役引退を発表した。
現役引退後は長崎県大村市に就労継続支援B型「ロカディア」を立ち上げている。
代表記録:なし
皆さん、こんばんは!
日本代表はついにベネズエラ代表に勝利しました!終盤はてっきり相手にPKからと思ったら、どんでん返しで日本のPKになり勝利することができました!
次の代表戦も楽しみです!
さて今回は引退したサッカー選手の紹介で現役時代は抜群の左足のテクニックを武器に活躍した大竹洋平氏です!
大竹氏はプロ1年目の時に主力として活躍しましたが、2年目以降は得意の左足が封じられたり、怪我の影響もあって伸び悩みました・・・。
それでも長崎では加入1年目にJ2ながら自己最多となる39試合に出場し4得点を記録するなど主力として活躍し、2年目となる2020年には自己最多となる5得点を記録するなど5年間プレーし、最後はアルビレックス新潟シンガポールでプレーし現役を引退しました。
そして引退後して5か月で長崎県大村市に就労継続支援B型「ロカディア」を立ち上げました!
そもそも「就労継続支援B型」とは、障がいや難病などを抱え、一般企業で働くことが難しい人に仕事を提供する福祉サービスです。
引退前から『福祉の道へ進む』ことを決めていたとのことで、きっかけは現役中に就労支援事業をしている方と何人かお会いする機会があり、『スポーツと福祉を掛け合わせたら、すごくやりがいのあることができると思う』と言われたからとのこと!
ぜひ大竹氏には長崎で充実したセカンドキャリアを過ごしてほしいと思います(*^▽^*)
- 事務局に通報しました。

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